納得いかない!、絶対評価!
2002年12月26日今日は小学校1年生の長男が、2回目の通知票をもらってきた
1学期の通知票は特別なものだったみたいで、各教科の評価は無かったので、実質「本当の通知票」という点では初めてもらったモノだ
1学期は学校の様子を「2段階評価」で評価され、全ての項目に上の方の評価をもらってきた
それを私は「当然の事だ」と思っていました
今年度から「絶対評価」が導入された事もあり、担任の評価も甘いだろう、と踏んでいたからだ(だから実際には「コレって、かなり甘いよな…」と親自身も感じていた)
私は、将来子供に「学歴の事だけでは、絶対に悔しい思いをさせたくない」と思っている
なんだかんだ言っても、世の中が学歴至上主義である限り、たかが学歴の事で一生損な思いをしてしまうような、そんな惨めな思いはさせたくないのだ
勉強なんて、親が子供をどう導くかで、どうとでもなると思っている
なので、子供が小学生になってからは、がむしゃらに勉強させてきた
塾の先生からも「もう既に3年生の域に達しています」というお言葉をいただき「がんばらせた甲斐があった」と、大変満足していたのである
重ねて言いたいのだけれども、決して私の「教育ママ的満足感」のために勉強させているわけではない
とにかく「たかが学歴」で悔しい思いをさせたくないのだ。それに気付けるのは、子供ではなく親なのだから…
とにかく今日は「実質初めての通知票」ということもあり「どう評価されたのか」が初めて形に見えてくるという事で、本当に非常に楽しみにしていた
けれども、今日の通知票は思ったようなモノではなかった…
各教科の各項目が3段階評価で、◎と○と△になっているものなのだが、取りあえず△は無かった。でもこれは予想通り
でも、私の思いでは「ほとんどが◎で、○はほんの少し」という予定だったのだ
しかし、現実は違った…
体育の各項目が全て○なのは納得
運動神経、確かに鈍いもんな…(私に似たんじゃないわ! ← しつこいですか!?)
でも、国語と算数と生活は「オール◎」でもおかしくないと思っていたのに、違っていた
7:3の割合でした(一応「7」が◎)
あ〜、ここに掲示板がなくて良かった!
もしもあったらコレを書いただけで非難ゴウゴウのところであろう…
掲示板は無くとも、もしかしたらコレを書いた事により「身の程知らず」として、リンクが貼られるかもしれない…
でも「絶対評価」なのだ!
子供ががんばっていさえすれば「全て◎」でもおかしくないのだ!
例えウチの子が運動神経があまりよろしくなくても、前だったらそう言う子が5段階評価の2くらいをもらっていたところを、その子なりにがんばったのなら「5」をもらえる、そう言う時代になったのだ
それだからこそ余計にこの評価に納得がいかず、私は最初素直に子供に「良くがんばったね」と言ってあげる事ができなかった
のどのすぐ奥まで「○○ちゃんは、もっといい成績だったんじゃないの!?」「これじゃあ、将来が思いやられる」という言葉が来ていた
危うく子供に言いそうになってしまった…
けれども、ウチの子はがんばったのだ!
それは私が一番良く知っている!!!
「ママ、学校の勉強って何であんなに簡単なの!?」などと生意気な事を言うくらい、必死でがんばったのだ
それなのに「がんばったから◎がもらえた!」という満足感を、あれじゃあ得られない…
世の中は絶対評価を歓迎する風潮もあるけど、これならば私は「相対評価」の方が、絶対にいい!!!
それに、クラスの中でどの位置にいるのか、これではさっぱり分からない
塾のテスト等で客観的に判断して「3年生の域に達しています」と言われたウチの子が「オール◎」でなくて、誰がもらったと言うのであろう!?
「絶対評価なのだから(ウチの子の)目標からは遠かったので、そう評価した」と言われればそれまで
でも、もしその理由で「オール◎」ではなかったとしたら、その「目標」を設定した教師の間違いではないとは言い切れないのではないだろうか!?
他の学校で評価を受けたのなら、また違っていたかもしれない
担任が他の人だったならば、また違っていたのかもしれない
等々、考え出すとキリがない…
「市教委に訴えたほうがいいのか、もっと上位の教委に訴えた方がいいのか、担任じゃ話にならないしな、かといって校長直訴もな…」などなど考えてしまった
けれども、教育関係で相談にのっていただける人が周囲にたくさん居るので、取りあえず話を聞いてもらった
「あの絶対評価ってヤツは、何ものなのよ〜!」って!!!
さすがは、教育に精通した人々…
私の頭をやわらかく解きほぐして下さいました
なので、子供に「良くがんばったね」と心から言えるように、何とか浮上いたしました
そうよね、長男の人生のウチのたった1回の評価
それも「人間的に絶対に正しくて、ウチの子を隅から隅まで観察してくれた人間の、正当な評価」とは限らないもんね…
だから「ウチの子は、がんばったのだ」と私が思える、だからこそこの評価をもらって悔しい時にするべき事は、子供を責める事ではなく、誉める事なのだ…
今日コレを読んだ人達は、きっと「愚かな母親の代表」みたいに思うんでしょうね…
私も、自分自身にこんなにも「母性」を感じたのは、今日が初めてと言ってもいいくらいです…
でも「がんばったのに評価してもらえなかった」という被害妄想とも言えなくもない今回の私の気持ちは、どこの親も少なからず抱いた事のある気持ちなのではないだろうか!?
とにかく今は、この悔しさを、次に生かす事を考えたいです…
1学期の通知票は特別なものだったみたいで、各教科の評価は無かったので、実質「本当の通知票」という点では初めてもらったモノだ
1学期は学校の様子を「2段階評価」で評価され、全ての項目に上の方の評価をもらってきた
それを私は「当然の事だ」と思っていました
今年度から「絶対評価」が導入された事もあり、担任の評価も甘いだろう、と踏んでいたからだ(だから実際には「コレって、かなり甘いよな…」と親自身も感じていた)
私は、将来子供に「学歴の事だけでは、絶対に悔しい思いをさせたくない」と思っている
なんだかんだ言っても、世の中が学歴至上主義である限り、たかが学歴の事で一生損な思いをしてしまうような、そんな惨めな思いはさせたくないのだ
勉強なんて、親が子供をどう導くかで、どうとでもなると思っている
なので、子供が小学生になってからは、がむしゃらに勉強させてきた
塾の先生からも「もう既に3年生の域に達しています」というお言葉をいただき「がんばらせた甲斐があった」と、大変満足していたのである
重ねて言いたいのだけれども、決して私の「教育ママ的満足感」のために勉強させているわけではない
とにかく「たかが学歴」で悔しい思いをさせたくないのだ。それに気付けるのは、子供ではなく親なのだから…
とにかく今日は「実質初めての通知票」ということもあり「どう評価されたのか」が初めて形に見えてくるという事で、本当に非常に楽しみにしていた
けれども、今日の通知票は思ったようなモノではなかった…
各教科の各項目が3段階評価で、◎と○と△になっているものなのだが、取りあえず△は無かった。でもこれは予想通り
でも、私の思いでは「ほとんどが◎で、○はほんの少し」という予定だったのだ
しかし、現実は違った…
体育の各項目が全て○なのは納得
運動神経、確かに鈍いもんな…(私に似たんじゃないわ! ← しつこいですか!?)
でも、国語と算数と生活は「オール◎」でもおかしくないと思っていたのに、違っていた
7:3の割合でした(一応「7」が◎)
あ〜、ここに掲示板がなくて良かった!
もしもあったらコレを書いただけで非難ゴウゴウのところであろう…
掲示板は無くとも、もしかしたらコレを書いた事により「身の程知らず」として、リンクが貼られるかもしれない…
でも「絶対評価」なのだ!
子供ががんばっていさえすれば「全て◎」でもおかしくないのだ!
例えウチの子が運動神経があまりよろしくなくても、前だったらそう言う子が5段階評価の2くらいをもらっていたところを、その子なりにがんばったのなら「5」をもらえる、そう言う時代になったのだ
それだからこそ余計にこの評価に納得がいかず、私は最初素直に子供に「良くがんばったね」と言ってあげる事ができなかった
のどのすぐ奥まで「○○ちゃんは、もっといい成績だったんじゃないの!?」「これじゃあ、将来が思いやられる」という言葉が来ていた
危うく子供に言いそうになってしまった…
けれども、ウチの子はがんばったのだ!
それは私が一番良く知っている!!!
「ママ、学校の勉強って何であんなに簡単なの!?」などと生意気な事を言うくらい、必死でがんばったのだ
それなのに「がんばったから◎がもらえた!」という満足感を、あれじゃあ得られない…
世の中は絶対評価を歓迎する風潮もあるけど、これならば私は「相対評価」の方が、絶対にいい!!!
それに、クラスの中でどの位置にいるのか、これではさっぱり分からない
塾のテスト等で客観的に判断して「3年生の域に達しています」と言われたウチの子が「オール◎」でなくて、誰がもらったと言うのであろう!?
「絶対評価なのだから(ウチの子の)目標からは遠かったので、そう評価した」と言われればそれまで
でも、もしその理由で「オール◎」ではなかったとしたら、その「目標」を設定した教師の間違いではないとは言い切れないのではないだろうか!?
他の学校で評価を受けたのなら、また違っていたかもしれない
担任が他の人だったならば、また違っていたのかもしれない
等々、考え出すとキリがない…
「市教委に訴えたほうがいいのか、もっと上位の教委に訴えた方がいいのか、担任じゃ話にならないしな、かといって校長直訴もな…」などなど考えてしまった
けれども、教育関係で相談にのっていただける人が周囲にたくさん居るので、取りあえず話を聞いてもらった
「あの絶対評価ってヤツは、何ものなのよ〜!」って!!!
さすがは、教育に精通した人々…
私の頭をやわらかく解きほぐして下さいました
なので、子供に「良くがんばったね」と心から言えるように、何とか浮上いたしました
そうよね、長男の人生のウチのたった1回の評価
それも「人間的に絶対に正しくて、ウチの子を隅から隅まで観察してくれた人間の、正当な評価」とは限らないもんね…
だから「ウチの子は、がんばったのだ」と私が思える、だからこそこの評価をもらって悔しい時にするべき事は、子供を責める事ではなく、誉める事なのだ…
今日コレを読んだ人達は、きっと「愚かな母親の代表」みたいに思うんでしょうね…
私も、自分自身にこんなにも「母性」を感じたのは、今日が初めてと言ってもいいくらいです…
でも「がんばったのに評価してもらえなかった」という被害妄想とも言えなくもない今回の私の気持ちは、どこの親も少なからず抱いた事のある気持ちなのではないだろうか!?
とにかく今は、この悔しさを、次に生かす事を考えたいです…
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